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佐村河内事件を経たクラシック音楽界のいま

2022.02.12コラム

みなさま、佐村河内氏による交響曲第一番「HIROSHIMA」をおぼえていますか?

ああ、おぼえてるよ。ゴーストライター騒動でしょ・・・

そうです。

クラシック音楽界を揺るがしたあの事件。
(詳しくは、ググっていただきたく存じます)
業界では、いまだに、事件の傷は残っています。

今回は、佐村河内事件が現在にも影響を及ぼしている側面について2点、述べさせていただきます。


◆佐村河内氏を称えた音楽関係者へのねちっこい攻撃

「俺は騙されなかったゾ!」と主張する音楽家・評論家によって、
佐村河内氏に騙された音楽関係者へのねちっこい攻撃が続いています。
(事件の発覚は2014年2月5日)

誰でも間違いはあります!

文化芸術の発展には、社会が寛容であることが不可欠です。
他者に寛容である社会こそ、多様性が育まれ、文化とテクノロジーが発展していくことに繋がると考えられます。
そのため、あまりしつこい言及は控えるべきかと思う次第です。


◆感動とは何か、改めて問われる

佐村河内氏の曲を聴いて、感動して涙を流したお客様は多くいらっしゃいました。
これは、音楽を聴いて感動したのか?音楽にまつわるストーリーに感動したのか?

なんだか、よくわからなくなってきますね。

最近、坂本龍一氏が「音楽の感動は、他人の勘違いである」と発言いたしました。
これは、音楽が政治的なプロパガンダに利用されることへの警句かと思われます。

佐村河内事件は、音楽のもつ力、大衆に及ぼす影響などについて、広く社会に問いかけた点が画期的であったともいえるでしょう。


◆まとめ

音楽と聴衆の関係について考察したとき、どうしてもある種の割り切りが必要になる側面があります。

この事件は、教訓として記憶にとどめるよりも、早く忘れ去るべきではないかと、筆者は考えます。
理由は、歴史は繰り返すからです。

では、また。

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