ブログ・コラム
音楽クリエイターの供給過多とAIによる創作の未来
2025.04.11
◆ 1. クリエイターの飽和状態:飽和というより飢餓
昔、音楽制作という行為は特権的だった。レコード会社やスタジオが強固な壁を築き、選ばれし者だけがそこへ足を踏み入れることを許された。しかし、時代は変わる。DTMの進化、誰でもアクセスできるチュートリアル動画、安価で手に入るDAW。これらの要素が絡み合い、音楽制作の民主化が進んだ。そして今、世界は曲で溢れかえっている。
SpotifyやYouTubeを覗いてみれば、そのことがよくわかる。日々膨大な楽曲がアップロードされるが、それらがすべて適切なリスナーに届くとは限らない。むしろ、再生されるのはほんの一瞬。リスナーの関心を惹けなかった楽曲は、無慈悲にも忘却の彼方へと押しやられる。かつて音楽を作ること自体が価値だった時代は終わり、今やそれは単なるスタートラインに過ぎない。
◆ 2. AIの台頭とクリエイターのポジション
そこへAIがやってきた。
OpenAIの"Jukebox"、Googleの"MusicLM"、その他数々のAI音楽生成ツールが、かつて人間のみが担っていた創作の領域に足を踏み入れた。メロディーを組み立て、コードを進行させ、果てはボーカルまで生成する。もはやAIが作る楽曲はBGM市場を席巻し、無名の音楽クリエイターにとってさらなる競争圧力をもたらしている。
「AIは単なるツールに過ぎない」と言う人もいるだろう。しかし、その生成速度と量産力を考えれば、AIを侮るのはあまりにも楽観的だ。さらに今後、AIが「オリジナリティ」さえ獲得する未来が来るならば、人間の音楽家はどう生き延びるべきなのか——そんな問いが、じわじわと忍び寄っている。
◆ 3. AIが創る「音楽」と「音楽作品」の違い
AIが音楽を作れることは疑いようがない。しかし、それは「音楽作品」と呼べるのだろうか。
音楽は単なる音の並びではない。そこには「作り手の物語」や「背景」、さらには「演奏する身体性」が宿る。AIは音を生み出すが、それを聴く者にとっての文脈を持たない。多くの音楽クリエイターが、その文脈を意識せず、単なる「曲」として作品を送り出す時代——そこにこそ問題がある。
AIが脅威となるか否かは、この「物語の付与」「文脈の創造」「身体性の表現」にかかっている。これらを生み出せない者は、AIとの競争において容易に淘汰されるだろう。
◆ 4. AIを使いこなす側に回るか、飲み込まれるか
かつてシンセサイザーが登場したとき、ライブ演奏を駆逐すると言われた。しかし、結果はどうだったか? 新たな音楽ジャンルが生まれ、表現の幅が広がった。AIもまた、単なるツールとして利用できる。
問題は、AIを「使いこなす側」になるか、それとも「飲み込まれる側」になるかだ。
例えば、AIを補助ツールとして活用し、
アイデアスケッチの高速化
過去の名作の分析と学習
特定のジャンルのエミュレーション
といった形で独自の創作に活かす道もある。
AIに抗うのではなく、徹底的に使い倒し、それでもなお「人間ならではの価値」を作り出せる者こそが、次の時代を生き抜くことになるだろう。
◆ 5. 未来の音楽クリエイターに求められること
これからの音楽クリエイターに求められるのは、単に「良い曲を作る」ことではない。それは、
AI時代において人間が生み出すべき価値の再定義
自身のブランドや物語を意識した作品作り
AIを最大限活用しながら、人間ならではの要素を際立たせること
もはや、「良い曲」を作るだけでは足りない。AIと共存しながら、「なぜ自分が作るのか」「どんな物語を紡ぐのか」を問い続けることこそが、本当に必要とされる資質だ。
音楽を作る者は、時代の変化に適応しなければならない。しかし、それはAIと敵対することではない。AIを最大限活用しながら、人間にしかできない表現を磨き続けること——それこそが、新たな音楽の未来を切り拓く鍵となるのではないか。

