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ブログ・コラム

カツレツにレモンをかけるか否か—音楽の評価は誰が決めるのか?

2025.03.02

クラシック音楽の世界には、「一流作曲家」とされながらも、その評価が時代や地域によって驚くほど変わる人物がいる。エドヴァルド・グリーグ、カミーユ・サン=サーンス、アレクサンドル・グラズノフといった作曲家たちは、音楽史上の重要人物であるにもかかわらず、ある国では神格化され、別の国ではほぼ忘れ去られている。この現象について、楽しみながら掘り下げていこう。

1. グリーグ—ノルウェーの誇り、それ以外ではBGM?

エドヴァルド・グリーグ(1843-1907)はノルウェーでは国民的英雄だ。彼の『ペール・ギュント』組曲は国の誇りであり、学校教育の一環として扱われる。しかし、フランスでは「ただのノルウェーの民謡編曲家」、アメリカでは「朝のコーヒーに合う音楽」、そしてドイツの一部の音楽学者には「本格的な交響曲を書けなかった男」と評される。

特に、19世紀のドイツ・オーストリア音楽界では「グリーグ?ああ、メンデルスゾーンの足元にも及ばない人ね」と揶揄されることもあった。一方、20世紀後半からは映画やCMの影響で、「癒しのクラシック」として再評価される流れもあり、グリーグ自身が予想もしなかった形で世界に広まっている。

2. サン=サーンス—フランスのモーツァルト、それともただのエレガント職人?

カミーユ・サン=サーンス(1835-1921)はフランスでは「フランスのモーツァルト」と称されることもある。しかし、19世紀末のドイツの批評家たちからは「技巧に走りすぎ」「感情の深みが足りない」といった評価を受けていた。特にワーグナー信奉者たちからは、「フランス人の音楽は薄っぺらい」という偏見とともに語られることが多かった。

一方、イギリスではオルガニストとしての彼の名声が高く、交響曲第3番『オルガン付き』は今も人気がある。ただし、アメリカでは「動物の謝肉祭の人」としての認識が強く、彼の交響詩やピアノ協奏曲が広く演奏されることは少ない。

3. グラズノフ—帝政ロシアの誇り、それとも時代遅れのアカデミズム?

アレクサンドル・グラズノフ(1865-1936)は、ロシア音楽の巨匠の一人として数えられるが、評価のばらつきが激しい。ロシア国内では「帝政ロシア最後の偉大な作曲家」として讃えられ、特にバレエ音楽『ライモンダ』や交響曲第5番は名作とされる。しかし、ソビエト時代には「ロマン主義に囚われすぎた旧時代の人」とされ、ショスタコーヴィチのような新しい潮流の前では影が薄くなった。

また、フランスでは「ロシアの学者肌作曲家」と見られ、ドビュッシーのような革新的な音楽とは対照的な存在だった。アメリカではさらに知名度が低く、彼の音楽が演奏される機会は限られている。しかし、現代になってバレエ音楽の愛好者たちが彼の作品を再発掘し、再評価の動きが進んでいる。

4. 結局、評価とは何なのか?

これらの作曲家に共通するのは、「音楽的な質が高いにもかかわらず、時代や地域によって評価が大きく異なる」ということだ。歴史的な流行、批評家の意見、国民的アイデンティティ、果ては商業的なマーケティング戦略によって、彼らの音楽の価値が変動してきた。

つまり、音楽の評価とは「普遍的な価値」ではなく、「時代と場所に依存するもの」なのだ。私たちが「名作」と思っている作品も、100年後には全く違う評価を受けているかもしれない。

さて、あなたはグリーグを「ただのBGM」と片付けるだろうか?サン=サーンスを「軽い」と決めつけるだろうか?グラズノフを「古臭い」と見なすだろうか?

最終的に、音楽の評価を決めるのは評論家でも学者でもない。聴くあなた自身なのだから。

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