ブログ・コラム
戦後日本におけるクラシックギターの栄光と、その静かなる黄昏
2025.03.27
かつて日本の片隅では、クラシックギターが一つの文化現象として息づいていた。戦後の混乱の中で、ギターは庶民の心を慰め、憧れを掻き立てる楽器の一つだった。フラメンコではなく、ジャズでもなく、純粋なクラシックギター。アンドレス・セゴビアが築いた伝統の延長線上に、日本独自のギター文化が芽吹いたのは間違いない。しかし、2025年の現在、その文化はひどくしおれた観葉植物のように、かつての活気を失っている。誰が水をやるのを忘れたのか、それとも水をやりすぎたのか。
◆ 1. 黄金時代の幻影◆
1960年代から80年代にかけて、クラシックギターは日本で一大ブームを巻き起こした。村治佳織のようなスターが現れる前から、国内のギター界は活況を呈していた。現代におけるYouTubeのギター講座などとは違い、ギターはまだ「対面で学ぶもの」だった。大手楽器メーカーは競ってギター教室を開講し、カルチャースクールにもクラシックギターのクラスが設けられた。
著名なギター教室といえば、東京を中心に全国展開していた某ギター学院。ここでは「ギターは音楽であり、哲学であり、生き様である」といった重厚な理念が掲げられていた。実際、多くの熱心な生徒が集まり、基礎からみっちりと鍛え上げられた。しかし、その教育方針は次第に「型にはめる」ものへと変質し、気づけば閉塞感の漂う場へと変わっていった。誰もが同じ教本、同じ運指、同じアプローチ。「クラシックギターとはこうあるべき」という固定観念がはびこり、結果として自由な表現を求める者は別の道を選ぶようになった。
◆ 2. 衰退の兆しとギター教室の陰り◆
90年代以降、音楽教育そのものが大きく変わった。クラシックギターの地位は徐々に下がり、電子楽器の台頭とともにロックやポップスが支配する時代がやってきた。ピアノやヴァイオリンほどのクラシック音楽の権威もなく、かといってエレキギターほどの大衆的魅力もないクラシックギターは、次第に居場所を失っていく。
一方で、伝統的なギター教室は頑なに旧来のスタイルを維持し続けた。大手ギター学院は、かつては「名門」と称されたものの、その門を叩く若者は減少。中高年層が主な受講者となり、活気は失われた。技術はあるが市場価値のないプロギタリストの増加、クラシックギターを生業にすることの難しさ——そうした問題が次々と浮上した。
さらに、こうした教室の指導方針は、時に徒弟制度のような空気を帯びた。かつての名講師たちはカリスマ性を持ちつつも、一部には「指導とは押し付けるもの」という考えが根強く残った。弟子入りした若者が、期待に応えられなければ「お前はギターには向いていない」と切り捨てられる例もあった。指導とは導くことであるはずなのに、ここでは時に「選別」する行為になっていた。
◆ 3. 著名なプロの少なさと「一握りの成功者」◆
現在、日本において世界的に活躍するクラシックギタリストは数えるほどしかいない。村治佳織や福田進一といった名の通ったギタリストがいないわけではないが、ヴァイオリンやピアノと比較すると、その数は圧倒的に少ない。
これはクラシックギター界の閉鎖性にも一因がある。日本国内のコンクールは限られ、優勝してもその後のキャリアが保証されるわけではない。海外のコンクールへ出ようにも、資金や人脈の問題が立ちはだかる。結果として、音楽大学のクラシックギター専攻を出ても、プロとして生き残れるのはほんの一握り。
一方で、クラシックギターの世界はSNSと動画プラットフォームによって形を変えつつある。YouTube上では独学で学んだギタリストが注目を集め、教室に通わずとも技術を磨くことが可能になった。これは、伝統的な教室にとっては脅威であり、ある種の「逆転現象」を生んでいる。かつてギター学院で学ぶことが一つのステータスだった時代は終わり、今やネット上で名を上げる方が有利なのだ。
◆4. これからのクラシックギター◆
2025年現在、クラシックギターの文化はかつての隆盛を失ったものの、完全に消えたわけではない。ただし、ギター教室のあり方や教育方針は、大きく変わる必要がある。型にはめる指導ではなく、もっと個々の表現を尊重する柔軟な教育が求められている。
また、ギタリスト自身が時代に即した活動を展開することも不可欠だ。クラシックギターの新たな可能性を探り、ポップスや電子音楽と融合する試みも増えている。むしろ「伝統を守る」のではなく、「伝統を進化させる」ことこそが、次世代にとっての新しいギター文化を生む鍵になるのではないか。
結局のところ、クラシックギターは生き残るのか? その答えは、ギターを弾く一人ひとりの手の中にある。静かに消えていくか、あるいは新たな音楽として生まれ変わるか。その未来は、私たちがどう演奏するかにかかっているのだ。

