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ロシア音楽におけるワルツの変遷:ボロディンからスクリャービン、そしてその先へ
2025.02.05
ロシア音楽史において、ワルツは単なる舞曲ではなく、作曲家の個性や時代背景を反映した重要なジャンルであった。本稿では、19世紀後半のロシア五人組(Могучая кучка)から20世紀初頭の作曲家に至るまで、ワルツの様式と表現の変遷を辿り、さらにその影響が後世にどのように継承されたかを論じる。
◆ボロディン:歌謡的旋律と民族的色彩◆
アレクサンドル・ボロディン(Александр Бородин, 1833-1887)は、ワルツをロシア民族主義的な要素と結びつけた作曲家の一人である。代表作のひとつである《小組曲》(1879年)の第2曲「間奏曲」は、ワルツ的なリズムを基調としながら、東洋的な旋律が特徴的だ。また、未完のオペラ《イーゴリ公》(Князь Игорь)では、ポロヴェツ人の舞曲の中に三拍子の要素が散見される。彼の作品では、西欧の洗練されたワルツよりも、ロシア的な歌謡性を優先させた点が特徴的である。
◆チャイコフスキー:ワルツの芸術的昇華◆
ピョートル・チャイコフスキー(Пётр Чайковский, 1840-1893)は、ロシア音楽におけるワルツの地位を確立し、それを芸術的に洗練させた作曲家である。彼の《白鳥の湖》(Лебединое озеро)、《眠れる森の美女》(Спящая красавица)、《くるみ割り人形》(Щелкунчик)におけるワルツは、バレエ音楽において欠かせない要素となった。とりわけ、《くるみ割り人形》の「花のワルツ」は、オーケストレーションの妙技が際立つ。
また、彼の《交響曲第5番》の第3楽章では、三拍子の優雅な旋律と、哀愁を帯びた和声進行が特徴的なワルツが展開される。これは単なる舞曲ではなく、内面の葛藤や運命観を表現する手段として用いられている。
◆アレンスキー:抒情性と室内楽的洗練◆
アントン・アレンスキー(Антон Аренский, 1861-1906)は、チャイコフスキーの影響を色濃く受けつつも、室内楽的なアプローチを加えた作曲家である。彼の《組曲第1番》(Op.7)の「ワルツ」は、優雅さと同時に内省的な雰囲気を持つ。また、ピアノ三重奏曲第1番(Op.32)の第2楽章にも、繊細なワルツの要素が見られる。
◆グラズノフ:ワルツの古典的優雅さ◆
アレクサンドル・グラズノフ(Александр Глазунов, 1865-1936)は、ワルツをシンフォニックな構成の中で発展させた作曲家である。彼の《バレエ音楽『ライモンダ』》(Раймонда)や《ワルツ Op.42》は、リリシズムと洗練されたオーケストレーションを兼ね備え、ロシア音楽の伝統と西欧的な優雅さを融合させている。
◆ラフマニノフ:憂愁のワルツ◆
セルゲイ・ラフマニノフ(Сергей Рахманинов, 1873-1943)のワルツは、ロマンティックな情熱と憂愁を兼ね備えている。彼の《幻想的小品集》(Op.3)の第3曲「ワルツ」は、ピアノの技巧的なパッセージと甘美な旋律が特徴的である。また、《交響的舞曲》(Op.45)の第2楽章には、ワルツのリズムが巧みに組み込まれており、20世紀におけるワルツの進化を示している。
◆プロコフィエフとショスタコーヴィチ:新たなワルツの探求◆
セルゲイ・プロコフィエフ(Сергей Прокофьев, 1891-1953)は、《シンデレラ》のワルツや《戦争ソナタ》(Op.84)で、歪んだ響きや予測不能な展開を取り入れた。
ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(Дмитрий Шостакович, 1906-1975)は、交響曲第5番の第3楽章や《ジャズ組曲第2番》(特に「ワルツ第2番」)で、ワルツを皮肉と諧謔の表現手段として用いた。
結論:ロシア的ワルツの特質
ボロディンからスクリャービン、さらにはグラズノフ、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチに至るまで、ロシアの作曲家たちはワルツという形式を単なる舞曲に留めることなく、自身の個性や時代の精神を反映させる重要な表現手段として用いた。
ワルツは決して過去の遺物ではなく、21世紀においても、ロシア音楽の深い表現力の一端を担う存在であり続けるだろう。

