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ブログ・コラム

迷宮入りする日本のクラシック音楽評論家たち

2025.02.13

クラシック音楽評論の世界は、演奏家以上に個性の激突する場であり、とりわけ日本の評論家たちは、独自の視点とクセの強い文体を持つ者が多い。今回は、そんな評論家たちをいくつかの断片的なエピソードを交えながら紹介していくが、どこからどこまでが実話でどこからが都市伝説なのか、読者諸氏の判断に委ねることにしよう。

◆吉田秀和:審美眼と孤高の評論家◆

音楽評論界の重鎮、吉田秀和。彼が朝日新聞に寄稿していた「音楽展望」は、時に辛辣でありながら、文学的な美しさを湛えていた。しかし、彼の言葉の選び方が時に鋭すぎるがゆえに、指揮者の小澤征爾との間にはある種の緊張感があったとも言われる。小澤がボストン交響楽団の音楽監督に就任した際、吉田は「その実力は申し分ないが、アメリカのオーケストラの『仕組み』に慣れるまでが課題だ」と評した。これに対し、小澤は「あの人の言葉には毒がある」とぼやいたとか。

◆宇野功芳:激烈な個人主義者◆

評論家としてのみならず、指揮者としても異彩を放った宇野功芳。カラヤンを「音楽の詐欺師」と断じる一方で、フルトヴェングラーを熱烈に称賛し、「演奏は技術ではない、魂だ!」と喝破したことはあまりにも有名。特に、彼が指揮したアマチュア合唱団の録音に関して、評論家仲間から「これは評論家の道楽ではないか」と囁かれるも、「音楽評論家が音楽を知らずにどうする!」と逆ギレしたエピソードもある。

◆野村光一:批評の鬼と恐れられた男◆

「評論家は演奏家の敵でなければならない」と豪語し、厳しい評価を連発した野村光一。特に、新日本フィルの創設時には、その初期の演奏に対し「こんなオーケストラに未来はない」と一刀両断。これを聞いた小澤征爾は、翌日のリハーサルで「見返してやる」と指揮棒を振るい、結果として新日本フィルは急速に成長を遂げたという伝説がある。野村の言葉があったからこそ、日本のクラシック界が鍛えられたのかもしれない。

◆浅里公三:シューマン信者の孤独な戦い◆

浅里公三の名前は、多くの音楽ファンにとっては馴染みが薄いかもしれない。しかし、日本でシューマンの交響曲を「ブラームスよりも深遠だ」と論じた先駆者の一人であり、その主張は激烈だった。あるレコード評で「このシューマンを理解できない者に、クラシックを語る資格なし」と書き、当時のレコード会社から苦情が殺到。だが、彼は「理解できない方が悪い」と意に介さなかった。彼の著書は現在でもシューマン愛好家の間で聖典のように扱われている。

評論家たちの戦場

クラシック音楽評論の世界は、ただ演奏を評価するだけではない。演奏家との確執、独自の美学、時に無謀とも思える情熱が入り乱れる、まさに迷宮のような世界。吉田秀和の文章が、まるで哲学者のような回りくどさを持っていたかと思えば、宇野功芳の文章は感情的で直線的、野村光一は敵を作ることを厭わず、浅里公三はシューマンに殉じた。この迷宮の出口はどこなのか、それとも入り口すらなかったのか。読者諸君、それは君たちが決めることである。

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