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ブログ・コラム

リムスキー=コルサコフ──「シェエラザード」と「熊蜂の飛行」以外が演奏されないのはなぜか?

2025.04.09

ロシア音楽史において、リムスキー=コルサコフ(1844-1908)は不可欠な存在である。彼はロシア五人組の中でも最も理論的で、作曲技法の整備に尽力した人物であり、さらにサンクトペテルブルク音楽院の教授としてグラズノフ、ストラヴィンスキー、プロコフィエフ、スクリャービンといった後進を育てた。ロシアの民族的な音楽語法を洗練させ、それを西欧のオーケストレーション技法と結びつけたことで、ロシア音楽の基盤を固めた功績は計り知れない。

しかし、彼の名がコンサートプログラムに登場するのは、ほぼ**《シェエラザード》か《熊蜂の飛行》**のどちらかに限られている。他にも《スペイン奇想曲》《サトコ》《金鶏》といった作品があるにもかかわらず、それらが演奏される機会は極端に少ない。

ロシア音楽界における彼の地位を考えれば、もっと演奏されて然るべきではないか?なぜリムスキー=コルサコフは、彼が育てた弟子たちほど頻繁に取り上げられないのか?

「シェエラザード」の影が大きすぎる

リムスキー=コルサコフの作品の中でも、《シェエラザード》は圧倒的な人気を誇る。この交響組曲は、華麗なオーケストレーション、東洋的な旋律の魅力、巧妙な楽器の使い分けという彼の才能のすべてを結集した傑作であり、まさに「ロシア的な響きの極致」と言える。

問題は、この作品があまりに完成度が高く、彼の他の作品の影を薄くしてしまっている点にある。

例えば、《スペイン奇想曲》は鮮やかな色彩感と軽快なリズムを持つ優れた作品だが、やはり「シェエラザードの劣化版」と見なされがちだ。また、交響詩《サトコ》や《金鶏》は、ロシアの伝説や民話に基づいたオペラ的な要素を持つが、一般的なコンサートプログラムにはなじみにくい。

リムスキー=コルサコフの音楽は、オーケストラの響きを極限まで生かすことに長けているが、それが時として「音色の魔術」として消費され、構造的な面白さよりも「響きの豪華さ」だけで評価されてしまうことが多い。この偏った見方が、彼の多くの作品が演奏されない理由の一つだろう。

「熊蜂の飛行」によるポップカルチャー的消費

リムスキー=コルサコフの知名度のもう一つの側面は、**《熊蜂の飛行》**の異常なまでの普及だ。この曲は、単なるオペラ《サルタン皇帝》の一部であり、作曲者自身にとってはそこまで重要な位置を占める作品ではなかった。

しかし、目まぐるしいパッセージが演奏技巧を極限まで試すことから、ヴァイオリン、ピアノ、ギターなどさまざまな楽器で編曲され、超絶技巧のショーケースとして世界中で演奏されるようになった。結果として、リムスキー=コルサコフの名前は「シェエラザードの人」か「熊蜂の飛行の人」としてしか知られない状況に陥った。

これは、彼のオペラ作品や交響詩の芸術的価値が十分に評価されることなく、短い技巧的な小品ばかりが広まってしまった典型的な例だ。

スクリャービンとの関係──弟子が師を超えたのか?

リムスキー=コルサコフは、教育者としても優れた人物であり、長年スクリャービンに助言を与えたことで知られる。しかし、スクリャービンの音楽は、最終的にリムスキー=コルサコフの世界とはまったく異なる次元に進んだ。

リムスキー=コルサコフは、作曲技法の理論を重視し、和声や対位法を体系的に整理した保守的な立場の作曲家だった。それに対し、スクリャービンは次第に神秘主義や哲学に傾倒し、調性感を大胆に崩壊させる革新的な作風へと突き進んだ。

このため、20世紀の音楽史においては、スクリャービンの方が「新しい音楽を生み出した革新者」として評価されることが多い。確かに、スクリャービンの影響はメシアンやショスタコーヴィチにまで及んでいるが、一方で彼の音楽は非常に特異なものであり、一般的なクラシックの流れとは異なる独自の道を歩んでいる。

では、スクリャービンが「師を凌駕した」のか?

答えは単純ではない。スクリャービンは独自の宇宙を築いたが、彼の音楽はあまりに独特であり、一般的なクラシック音楽の進化の系譜からは外れている。対して、リムスキー=コルサコフの音楽は、ストラヴィンスキー、ラフマニノフ、プロコフィエフといった後のロシア音楽の基盤を形作る上で決定的な役割を果たした。つまり、リムスキー=コルサコフの影響力は、スクリャービンの革新性とは異なるベクトルで、より広範囲に浸透しているのだ。

「なぜ演奏されないのか?」の答え

結局のところ、リムスキー=コルサコフの作品が「シェエラザードと熊蜂の飛行」ばかり演奏されるのは、彼の音楽の特性そのものが影響している。

・彼の音楽は、構造の緻密さよりも色彩感と音響の美しさに重点が置かれているため、「響きの魔術師」として消費されやすい。
・《シェエラザード》があまりに完成度の高い作品であり、それ以外の交響詩や管弦楽作品が比較的霞んでしまった。
・オペラ作品はロシア国内では評価されているが、国際的な上演機会が少なく、広まりにくい。
・《熊蜂の飛行》がショー的なピースとして消費され、彼の名前の認識が偏ってしまった。

しかし、彼の音楽の重要性は決して色褪せない。リムスキー=コルサコフは、ロシア音楽の伝統を体系化し、それを次世代へと受け継がせた**「基盤を作った巨匠」である。その偉業を忘れずに、彼の知られざる名作**にも光を当てるべきではないだろうか。

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